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2013.08.29 Thursday

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    再開します。

    2013.08.29 Thursday

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      どうも、お久しぶりです。
      2年も放置してしまいましたが、細々と再開します。
      そして、こっそり引越します。
      またよろしくお願いします。
      http://yaplog.jp/necomikan

      旅に出よう、お茶を飲もう。

      2011.06.30 Thursday

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        少し古い話題になってしまったが、先月末に仙台へ行った。
        いちばんの目的は野球観戦(カープVS楽天)だったけれど、もちろん仙台観光も楽しんできた。
        (あんなふうに誕生日のお祝いをしてくれたヒカルとまり、ありがとう。まじで感動したよ。)
        ちなみに野球観戦は雨で凍えるほど寒く、しかもマーくんに完封勝ちされた悲しい結末だったけれど…。

        仙台2日目、仙台在住の親友まりさんに連れて行ってもらったカフェがよかった。
        一応カフェ好きなので、旅先でいいカフェに出会えるとわくわくする。
        東京には山ほどカフェがあるけれど、都会のいいカフェというのは概して混んでいる。
        そして店内が狭く、シルバニアファミリーみたいに小さい椅子に座らされたりする。

        しかし、地方には広くて混んでもおらず、しかも大きい椅子に座れるような最高のカフェがあるものだ。
        仙台で行ったカフェは「cafe Mozart Atelier」。
        店内の調度品はセンスが良く(統一されていないのに統一されている感じ)、テラス席もあり、そのテラス席からは広瀬川まで見える。
        まりさん曰く、先日そのカフェでマイア・ヒラサワのライブがあったとか。

        広瀬川を見下ろせるそのテラスで、わたしは10年前の旅を思い出した。
        確かマレーシアのマラッカでも、こんなふうに川が見下ろせるカフェで7UPを飲んだような記憶がある。
        沢木耕太郎の「深夜特急」に影響され、マラッカまで夕日を見に行ったのに、残念ながら夕日は雲に隠れ、あまりきれいには見えなかったのだ。

        旅はやっぱりいい。
        わたしが思い出せる楽しい記憶の多くは、結構な確率で旅につながる。
        好きなチームがぼろ負けしても、念願の夕日が見られなくても、大事な思い出は心に残っていく。

        33歳の気づき。

        2011.06.25 Saturday

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          幼い頃、よくおばあちゃんがわたしに言っていた。
          「不平不満ばかり言わないで、自分の周りの人たちに感謝しなさいね」と。
          そんな言葉をわたしは何十回、何百回と聞き流してきたように思う。

          友だちには恵まれているとは予てから思っていたが、それは自分自身が人付き合いがうまいからだという思い込みがあった。
          だけどそれは勘違いだったと、こんなに大人になってから気づく。

          わたしの友だちは素晴らしい人が多い。みんなやさしく真面目に生きているという意味で。
          わたしのしょうもない話を聞きながら、一緒においしくごはんを食べてくれる。
          元気がないと言えば「どうした?」と連絡をくれて、誕生日にはお祝いもしてくれる。
          これが全く当たり前ではないと、自分の能力でもなんでもないと、33歳の誕生日に気づいた。

          人への感謝が大切だと、おばあちゃんはなぜ思っていたのだろうか。
          本人に聞こうにも、もうこの世にはいない。
          ただ、わたしが一つ思うことは、人に感謝するとは自分自身を振り返ることだ。
          そして、そこから人も自分も受け入れるということにもつながっているように思える。
          みなさん、いつもありがとう。

          Nihonkai
          地元で海を見ました。

          今年も春はきた。

          2011.05.02 Monday

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            ずいぶんとこの日記を放棄してしまった。
            震災のことをどう書いていいのかわからず、そして今もわからない。

            ただ、今年はもう春なんてこないのじゃないか、もう桜なんて咲かないのじゃないかと思っていたのに、春はきて、桜は咲いた。
            人の心など無視して、季節はめぐる。
            自然は残酷だけど、自然は希望もくれるのだ。
            そんなことを思った、今年の春。


            Hills
            桜もすっかり散ってしまいましたが…。

            しんしんと思い出が降る。

            2011.02.15 Tuesday

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              バレンタインの夜、東京でもたくさんの雪が降った。
              それは静かにしんしんと降って、まるでふるさとの雪みたいだった。
              そんな雪の中を一人で歩いていたら、昔のことをいろいろと思い出した。

              ちびっ子の頃、雪景色によろこんで窓に駆け寄った朝のこと。
              雪の中で一緒に走り回ったララ(愛犬)のこと。
              革のブーツを無理して履いて、足を濡らしてはしもやけを作っていた中学生の頃のこと。
              上京する新幹線の中から見た、吹雪とどこまでも続く田んぼのこと。(18歳のわたしは、「こうやってふるさとを捨ててしまうのかな」と思ったっけ)

              雪景色はそのままふるさとの思い出につながって、どうしてだか泣きたいような気持ちにさせた。
              そして、わたしは雪の上を歩くのが昔よりずいぶん下手になったと気がついた。
              雪はまだしんしんと降っている。

              この頃のわたしが思うこと。

              2011.01.17 Monday

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                本厄だったのに、比較的穏やかに過ごせた2010年。
                とても「普通」な一年だったけど、「普通」というのはむしろいい方だと、今は思う。

                お花見もできたし、花火も見れたし、お祭りも行けたし、ナイターなんて何度も行けたし、旅にも出られた。
                そしてそのどれもとても楽しかった。
                加えて、引っ越しを機に新しい仲間の輪が広がり、そんな人たちとおいしいお酒を飲むことも増えた。
                まぁ、浮いた話の一つもあれば申し分はないのだけど。

                真冬のすかーんと抜けた青空の下、風はきんきんに冷たく、やさしい友人たちと川沿いの道を歩く。
                「いやー、冬だね」と繰り返す友人。
                ふと「素敵な人いないかなぁ」とつぶやいたけど、こんな日々を自分が思っている以上にわたしは好きなんだと、後で自分のつぶやきを打ち消す。
                それは強がりだろうか。見栄だろうか。そういう風に言いたがる人が世の中にはたくさんいるし、自分でもそう思う。
                それでも気持ちが通う友人がいれば、人生は結構楽しい。

                お知り合いの占い師によれば、2012年がわたしの人生で最高の年で、人生で最良の出会いもこの年にあるらしい。
                ということで、2011年は捨て年。
                なんて、そんな気構えであえて行こうと思う。

                夕凪の街がそこにあった。

                2010.10.14 Thursday

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                  広島市、宮島、尾道へ2泊3日の旅をした。
                  中でも広島市は印象的だった。
                  かわいい路面電車が走り、たくさんの川が流れ、どこかしこにカープへの愛を感じる、素敵な街だった。
                  マツダスタジアムでカープ戦を観戦したとき、テーブルの応援席を家族で陣取り、ビールを飲み交わしながら地元のチームに熱い声援を贈る風景を見て、なんだか幸せの象徴みたいなものをそこに感じた。


                  しかしながら、そんな今ある日常全てが、あの悲惨な過去の土台の上に成り立っているのも事実だと、感じずにはいられなかった。
                  それがなんともせつなく、その過去の悲しみが光のようになって、今でも街にきらきらと降り注いでいるような感覚を覚えた。(適切ではないかもしれないが、その表現に近い)


                  東京に戻ってから広島の街が恋しくなって、『夕凪の街 桜の国』を読み返した。
                  最初に読んだときには伝わらなかった表現が、今度は胸にとても響いた。それは夕凪の街は確かにあったと思えたからだ。
                  この本(漫画)の冒頭はこの一文で始まっている。
                  「広島のある 日本のある この世界を愛する すべての人へ」
                  長い時間を経ても、広島から距離を隔てても、あれは日本の出来事で、そして世界の出来事だと思う。


                  最後に、わたしは広島が好きになった。
                  広島はとてもきれいな街だと心から思った。

                  shimin kyujyo
                  ■市民球場(初代)前にて。この向いには原爆ドーム。

                  この暑さにかこつけて。

                  2010.08.26 Thursday

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                    タイ帰りということもあり、暑さには強い方だと自負していたが、今年ばかりはギブアップだ。
                    体は重いし、頭の回転も鈍い。終いには心持ちも投げやりになってきている。
                    これを暑さのせいにしてよいのか?


                    ときどき行くタコライスのお店がある。
                    会社の近くに停まる車での移動販売で、同世代らしきお姉さんが一人でやっている。
                    その車内ではエアコンはついておらず、扇風機が一台。
                    そして、その狭い空間でちょこちょことお姉さんが動くので、見ている方が心配になるくらい暑そうなのだ。


                    ちょっと心配になったので、「体調とか悪くならないですか?」と聞いてみた。
                    「それが全然なんですよ。食欲もすごくあるし」と笑顔で答えるお姉さん。
                    いかにも海が似合いそうな(化粧気がなく、肌がこんがりな)かわいい人だ。
                    「ただ飲み物がどんどん減ってしまうから、それが困るくらいかな」とお姉さん。
                    「全部汗になりそうですね」とわたし。
                    「そうなんですよ。だからトイレには困らないんです」と、また笑顔。


                    お姉さんは猛暑の中でとても元気で、タコライスはいつものようにおいしかった。
                    「暑さにかこつけて、自暴自棄になるのはよくないぞ」と自分に投げかける。


                    とは言え、暑い。しかし暑い。
                    そんな2010年の残暑なのであーる。

                    孤独で楽しい、わたしの毎日。

                    2010.07.20 Tuesday

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                      中央線が停まる町に引っ越しをした。
                      飾らず、どこか懐かしい匂いがする町だ。
                      そして、のら猫が多い町でもある。
                      暮らして早々になじんでしまったのは、自分がこの町に合っていたからだろう。
                       

                      自転車を買った。
                      過去最高額の自転車だ。
                      その色にちなんで「ヒヨコさん」と名付けた。
                      夜な夜な青梅街道を目的もなく走り、気づいたら練馬区に入っていたりする。

                       
                      自転車に乗りながら眺める知らない景色は、わたしを不安にさせ、その一方でわくわくもさせる。
                      この感覚は、一人旅に出たときの心境によく似ている。
                      足にだるさを感じても、ペダルを力強くこげるのは孤独と期待があるからだ。
                      この感覚をわたしは決して嫌いじゃない。

                      nishiogineko

                      明日は我が身のような気がした。

                      2010.04.04 Sunday

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                        会社の帰り、22時過ぎの外苑前駅でおしゃれな人を見た。
                        髪型はボブで、ファッションは雑誌で言うところの「InRed」という感じだった。
                        流行を取り入れた服や鞄やのセンスは文句なしで、おしゃれな人だなと目を引いたが、なんかどこか違うような気がして、ちらちらと見ていたら、あることに気づいた。
                        彼女はそのファッション(20代半ばくらいの女性をイメージするファッション)に比べ、だいぶ年齢を重ねていて、おそらく40代後半から50代という感じだった。
                        それに気づいたのは妙に携帯電話の画面を離して見ていたからだった。


                        「InRed」で表紙を飾る永作博美やらYOUやら小泉今日子なら許されても、一般人には許されないラインがある。
                        そういう芸能人は歳を取るのが特別遅い怪人だと思うから、同世代のファッションの参考になどにはならない。
                        同じカジュアルテイストでも、主婦が愛読している「Mart」に登場するフようなァッションは至って庶民的で、読者の年齢を配慮しているのがわかる。
                        だからと言って、そんな彼女を見て、「年齢相応を格好をしろ」とか、そんなことを思ったわけじゃない。


                        ただ彼女を見て、客観性を失ったその姿に未来の自分を重ねてしまう気がしたのだ。
                        ファッションセンスも大事だが、自分がどの位置にいるのかという客観性を失うのは怖いと思う。
                        年齢を重ねれば注意をしてくれる人は減るし、ことさらそういう感性の部分関しては、他人は意見などは言ってはくれない。
                        社会でのマナーの話にしろ、友人との付き合いの話にしろ、客観性を失ったら人間はダメだなとよく思っているのだが、自分が大丈夫だなんて自信はどこにもない。


                        いつか友だちと話したことだが、30代に入り、若く見られたに越したことはないが、老けて見られるより、年齢不詳キャラになることの方が嫌だと言って納得したことを思い出した。
                        年齢不詳キャラとは「若く見える人」ではなく、「若い風に見せている人」が多いように思うからだ。